AIで書いてよい記事と悪い記事は、「私は試した」が証拠かで分かれる
同じコーヒーメーカーでも、記事が示す根拠は違う
コーヒーメーカーについて、「仕様を比較する記事」と「三か月使った感想」は、同じ製品を扱っていても読者が求める根拠が異なる。仕様比較で必要なのは、公式に示された容量、機能、寸法、手入れの方法、価格など、出典を確認できる情報である。情報源を確かめ、用途ごとの差を整理するなら、文章の作成にAIを使っても、記事の土台は確認可能な情報に置ける。
一方、三か月使用レビューで読者が知りたいのは、カタログにない変化や不便である。朝に使う準備の手間、洗浄を後回しにした日の扱いにくさ、保温後の味の印象、キッチンで感じる置き場所の狭さには、実際に使った人の観察が必要になる。「私は毎朝使った」という一人称は、その観察を行ったという申告であって、それ自体が証拠ではない。ただし体験を約束する記事では、その申告が正しいことと、根拠を示せることが記事の信頼を左右する。
この違いを曖昧にすると、問題はどこまで文章作成を自動化するかという技術論に縮む。判断の軸は、文章を誰が組み立てたかではない。その記事でしか得られない情報が、実際の経験や観察に基づくかどうかである。
文章は作れても、体験は後から生まれない
AIは、「抽出後の片付けが簡単だった」「朝の準備が短くなった」「思ったより音が気になった」といった使用感らしい文を整えて出力できる。しかし、自然な文章であることは、出来事が実際に観察されたことを意味しない。もっともらしい感想ほど、読者は書き手が製品を使ったと受け取りやすい。
たとえば、ある機種について「水タンクが外しにくく、平日の朝は補充が面倒だった」と書く場面を考える。この文には、タンクを繰り返し外し、補充する状況があり、その中で不便を感じたという複数の出来事が含まれる。公式仕様に容量や着脱式であることが記載されていても、「外しにくい」という評価までは導けない。使っていない人が自分の経験として書けば、それは情報不足ではなく、経験を作り出す行為になる。
旅行記も同じである。「駅から宿まで歩いたら坂が急だった」「夕方の海辺は風が強く上着が必要だった」という記述は、場所の紹介だけでなく、書き手がそこにいたことを含意する。地図、天気の記録、他人の写真から周辺情報をまとめることはできるが、自分がその道を歩いた事実にはならない。体験記事では、当事者であること自体が内容の一部である。
「AI使用」の表示は、観察の欠落を埋めない
AIを使ったことを明記しても、存在しない体験が事実になるわけではない。開示は制作過程を伝える助けになるが、本文にある「三か月使った」「毎朝試した」という申告の裏付けを代行しない。製品を使っていないのに三か月使用レビューとして公開すれば、AI使用の表示があっても本文とのずれは残る。
だからといって、AIを使う記事を一律に退ける必要はない。公式情報に基づく仕様比較、用語の解説、公開資料の要約、複数製品の比較表は、情報源と記述の範囲を対応させれば有用である。「公式情報では」「仕様上は」「公開レビューには」と主語を選べば、誰の情報を扱っているかを示せる。
反対に、「私は」「実際に」「使ってみると」という表現には、現場にいたこと、手で触れたこと、時間をかけて試したことの申告が含まれる。経験がないなら、一人称だけを消しても解決しない。本文全体が体験談として読まれる構成なら、語尾を一般論に替えても、読者に与える印象は変わらないからである。
体験記事では、観察を残し、根拠の範囲を示す
体験を扱う記事では、書く前に観察記録を残す。コーヒーメーカーなら、使い始めた日、抽出回数、手入れにかかった時間、困った場面、置き場所の写真が候補になる。これらは書き手が申告を点検するための一次記録であり、読者に見せる根拠とは区別して考える必要がある。
記録をすべて公開する必要はないが、読者には判断に必要な条件を記事内で示す。たとえば「洗浄が楽だった」と書くなら、洗った部品の数、記録した回数、時間を測った範囲、初回と慣れた後で手順が変わったことを添える。「三回使った範囲では、説明書を見ながら洗った初回より、その後の片付けは短く済んだ」と書けば、感想の射程を読者が判断できる。数回の記録しかないなら、長期使用したような数値や結論に広げない。
写真やメモ、測定値にも限界がある。写真は都合のよい場面だけを切り取れ、メモは後から書き換えられ、時間の測定は開始と終了の条件で結果が変わる。日付や回数を残し、複数回を記録し、都合の悪かった場面も含めて条件を示すことが、選択的な提示を抑える方法になる。可能なら公式仕様など外部で確認できる情報と、書き手自身の観察を同じ根拠として混ぜないことも重要である。
AIが役立つのは、記録にない出来事を補う場面ではない。メモを見出しごとに整理し、重複を削り、仕様情報と実感を混同しない文章に整える場面である。経験は実際の観察から得て、記事では申告、手元の記録、読者に示す根拠を分けて扱う。この分担によって、読みやすさと体験記事としての誠実さを両立できる。